言われてみれば!「ミシュランガイド」が東京版創刊時に見た東京(日本)の飲食店の『インサイト』とは

はじめに

前回のコラム、”「ミシュランガイド東京」創刊時の『インサイト』:当時の広報責任者からの視点” https://x.gd/uML6Oで、
「今年20周年を迎えるアジア初のミシュランガイド、ミシュランガイド東京の創刊前のネガティブなイメージをどのように変えることができたのか」
を前々回のコラムhttps://x.gd/JldLfでご紹介した『インサイトボックス』のフレームワークを使って説明しました。

東京は創刊以来19年連続で今も世界一ミシュランガイドの星が多く、以下の通り2位はパリですが、3位は京都、5位は大阪となんとトップ5のうち3つが日本です。(最初の年、東京の星付き飲食店の数は150軒でパリの97軒を大きく上回り、ぶっちぎりの初登場1位でした。大阪も最近までずっと4位でしたが急成長のロンドンに抜かれてしまったようです)

ミシュランガイド都市別星付き掲載店(2026.4.30現在、ミシュランガイド公式サイト https://guide.michelin.com/ より)

  1. 東京 158軒 ※23区内のみ(創刊時は8区のみ)
  2. パリ 137軒 ※Île-de-Franceの一つ星4軒を含む
  3. 京都 98軒 ※市内
  4. ロンドン 86軒 ※Greater London
  5. 大阪 81軒 ※吹田市・箕面市の一つ星各1軒を含む
  6. 香港 77軒
  7. ニューヨーク 69軒
©MICHELIN ©REUTERS

ちなみに創刊時には
「本をたくさん売りたいから評価を甘くしたんじゃないの?」
というようなコメントが各方面からありましたが、実は創刊から数年の間、日本語版と同時に英語版も出版していて、それを読んだ海外の方が東京の星付き飲食店・レストランに多数訪れました。

©MICHELIN ©Sushi Geek 2016

もしも評価を甘くしていたら、
「日本の3つ星はヨーロッパの3つ星と違う!」
と世界中のフーディーの間での評判となってしまい、それこそ『ミシュランガイド』というブランド自体の信用にかかわってしまうわけで、当時、広報の責任者として私は
「最初のフランス版出版から100年超の歴史のあるミシュランガイドが、1都市の書籍の売上のためにそんなことができるわけがない」
とメディアやウェブサイトなど色々なところで説明していました。


では、なぜ東京や京都、大阪などの日本の都市にはこれだけ多くのミシュランガイドの星が輝いているのでしょうか。


よく言われている「日本(東京・京都・大阪)が世界のミシュランガイドの都市でトップにいる理由」

メディア等でよく言われるのは以下のような要素ですが、それぞれに記した通り、個人的には「一因ではあるが決め手とまでは言えない」ようにも思います:

  1. 人口の多さ(「東京は人口が多いから!」):
    • Google AI検索によると東京23区は985万人、パリ(イルドフランス含む)1220万人、京都市143万人、大阪市282万人(+吹田市38万人、箕面市14万人)、ニューヨーク市862万人、ロンドン(グレーターロンドン)895万人、香港752万人、ニューヨーク850万人と星の数と比例しているようには思えません
  2. 料理店・レストランの店舗数の違い(「東京はレストランの絶対数が多いから!」):
    • World Cities Culture Forumというところが2020年に各都市別のレストランの数を出しています(注1)。それによると東京137,669店、パリ37,915店、ニューヨーク26,697店、ロンドン14,745店(京都と大阪は記述なし)となっていて、この数字からは確かに東京が突出して多い、と感じられます
    • ただし、総務省統計局の経済センサス等によると、ミシュランガイド東京が対象としている東京23区内の飲食店の数は2021年で約6万7千店(2009年は約7万2千店)
      創刊時に当時のミシュランガイド総責任者のジャン・リュック・ナレ氏が「東京の飲食店は16万件」と発言したという記事がありますが(注2)、東京版がカバーしている23区内に限るとナレ氏の発言や上記World Cities Culture Forumの数字とはかなりの違いが見られます
    • またネットを検索すると、京都市は約9700店(2018年)、大阪市は約2万6千店(2014年)という記述があり、これも含めて各都市の飲食店数と星の数との相関はあまり見られません
  3. 職人(料理人に限らず)を尊重する日本の歴史的背景(「料理人が社会的にも尊敬されているから目指す人も多い!」
    • 司馬遼太郎は「この国のかたち 二」(注3)のエッセイ「職人」で以下のように記しています:
      • 日本は世界でも珍しいほど職人の技を尊ぶ文化を保ち続け、”重「職」主義”の文化だったとさえ言いたくなる
      • 例として挙げているもの:
        • 刀工(日本刀の匠)に対する古聖人のような扱い
        • 「職人尽絵」(平安・鎌倉時代に京の公家が職人たちを古の歌仙になぞらえて歌仙絵として描いた)
        • 室町時代の名門「伊勢氏」に代々続いた鞍づくり
        • 室町・桃山時代の茶道で用いられた工芸品の職人
        • 安土桃山時代の名家細川家の幽斎(藤孝)の包丁さばきと料理
        • 京都の宮大工中井氏の徳川家康による大名の礼遇 など
    • 確かにこれは底辺に流れているものの一つではあると思いますが、だから飲食店が多い、というように単純につながるものでもなさそうな気がします
  4. 食材の豊かさ(東西南北に伸びた国土、四季など気候の変化)
    • これも底辺に流れているものの一つだとは認識しますが、実は単なる国土・気候の話というよりも、以下のような背景となる人的な要素があって初めて活きた特徴であり、また「なぜレベルの高い飲食店の数が多いのか」ということの直接の説明とはなっていません:
      • その食材・商品を江戸時代の各地の大名等がコメの替わりの年貢として奨励し「特産品」化
      • その特産品を品質を落とさずに流通させることができた江戸時代の西廻・東廻海運などの海路五街道など陸路の整備と繁栄
      • 江戸時代には「初鰹は女房を質に入れてでも食え」などの川柳や「腐っても鯛」「餅は餅屋」などのことわざにもなってしまうほどの「庶民の食に対する高い興味・要求」


東京がミシュランガイドの星の数世界一となった理由を『インサイトボックス』で解説

前振りが少し長くて申し訳ありませんでしたが、ここから東京が世界一、京都が3位、大阪が5位という日本の飲食店に対する高い評価の理由を、前々回のコラムご紹介した『インサイトボックス』を用いて説明していきたいと思います。
なお今回のWHOは、「ミシュランガイド(グローバル)の編集部・調査員・総責任者」と設定します。


①『調査前の行動・意識』と『理想(調査後)の行動・意識』(左右上のボックス)

「ミシュランガイド東京」創刊までは、他のものも含め「世界的なレストランガイドによる日本の飲食店の評価一覧」というものは存在しなかったため、一部のミシュランガイドの編集部・調査員にとっても
「東京にはいいレストランがあるとは聞くが、ミシュランガイドの星の付くレベルのものがどのくらいあるのかわからない(本当にミシュランガイドの東京版を作る価値はあるのか?)」
という状態でした。よってこれをインサイトボックスの『調査前の意識』とし、それに対して(ミシュランの日本オフィスにいた側からすると、編集部・調査員に)「東京はミシュランガイドの基準から見てもとても素晴らしい、ミシュランガイドを出すにふさわしい都市だ」と認識してもらえることを『理想(調査後)の意識』と位置付けてみます


②『現在(調査前)の行動・意識』の背景にある『現在の認識』と『潜在ニーズ』(左下のボックス)

「ミシュランガイド東京」の創刊前、世界のフーディーやメディアの間では
日本のレストランは美味しい、という話は人づてに聞くし実際いくつか行ってみると素晴らしいが、世界的なガイドブックによる評価がないため、具体的にどのレベルのどんなお店がどのくらいあって、東京の食のシーンがパリやニューヨークなどと比較してどのような位置にあるのかわからない
というような状態でした。
この意見を調査員の視点の言葉で『現在の認識』のボックスに入れ、「日本のレストランは美味しい、という話を人づてに聞く」というアジア初のミシュランガイド対象の都市に対する期待を『潜在ニーズ』とします:


③『現在(調査前)の認識』をこう変えたい、という『理想の認識』(右下)

今回のこの箇所は、「理想」というよりも「実際に調査を行って感じ、理解したこと」、まさにこのコラムのメインテーマの
「なぜ東京(日本)は世界で一番ミシュランガイドの星の付いた飲食店が多いのか」
の核心部分の説明となります。

ヨーロッパから来た調査員たちが実際に東京の飲食店を調査し始めて驚いたのは
「なんで東京にはこんなに専門店が多いのか?」
「なんで東京の飲食店は路面店(1階にある)だけでなくビルの4階とか5階とかにもあるのか?」
ということでした。

確かに、例えばフランスは「レストラン」と「ビストロ」という違いはあるものの、どちらも扱うメニューは幅広く、「ジビエだけ」や「揚げ物だけ」のような専門店は(ベジタリアン向けを除いて)ありません。
その他の欧米各国においても「ステーキハウス」「オイスターバー」など一部の専門店はあるものの、それが主流ということではありません(ファーストフードを除く)。

一方で東京(日本)の飲食店、特に和食系は、「鮨」「天ぷら」「うなぎ」「蕎麦」「とんかつ」「カニ」「焼鳥」「お好み焼き」など、金額の高低に関わらず、専門店がとても多いのです。

これによって、料理人はその食材・分野に特化した技術・知識・工夫・食材そのものに対して深く掘り下げることが可能となり、またそれは、前回のコラムにも記したミシュランガイドの世界共通の5つの評価基準、
「素材の質」「料理技術の高さ」「味付けの完成度」「独創性」「常に安定した料理全体の一貫性」(注4)
に照らしても、大きくプラスに働く要素でもあったのです。

もちろん、この「専門店」という飲食店の形態がこれだけ存在している大前提には、上記の日本の食材の豊かさの背景のひとつとして記した
「食べる側(一般人)の歴史的な要求・期待の高さ」
は欠かすことのできない最重要のポイントとして挙げられます。

例えば欧米のお寿司屋さん(高級店以外)ではランチなどにラーメンやかつ丼といったメニューを出していることも良くありますが、日本でそんなことはあり得ない(ファミレスになっちゃいますね)、というのもこの気質を表していて、それが例えばコンビニのサンドイッチや冷凍餃子など我々がフツーに食べているものが海外の人たちから高く評価される、というクオリティのレベルを生み出した根底にある、と個人的には思っています。
※ちなみに私がミシュラン・ノースアメリカに勤務していた時、同僚のアメリカ人たちに「日本のお寿司屋さんにはラーメンやかつ丼はない」と話した時、「じゃあ、お寿司があまり好きでない人・家族とはいっしょに行けないじゃないか⁉」と驚かれた(?)ことがありました

またこの「専門店の多さ」「食べる側の要求・期待の高さ」は、上記のもう一つ、「路面店ではない料理店」を成り立たせている要因でもあります。
海外のレストランは、ほとんどが「道路に面した1階」にあるか、「少なくとも入り口は1階」だったりします。
が、日本にいる人たちにとっては「そのお店が雑居ビルの5階にあろうが、おいしければ全然構わない」という認識が普通なので、飲食店側も「賃料の高い1階でなくてもお店を運営することができる」ということになり、より多くの飲食店にとっての開店のチャンスや、賃料の分をより良い食材の購入などに使える、といったことにもつながっていきます。

なお創刊前、ミシュランガイドのヨーロッパから来た調査員たちは、この2つの特徴のことを
「東京には、レストランがタテにもヨコにもある!」
と言っていたそうです。
・タテ=路面店ではない料理店
・ヨコ=専門店の多さ
ということですね。

この「専門店の多さ」を、インサイトボックスの右下の『理想の認識』に加え、その認識に基づいて『理想的な行動・意識』に「東京版を作って世界に紹介しよう!」を加えます:


④『現在の認識』を『理想の認識』に変えた、他のカテゴリーで似たケースを探す(ベンチマーキング・アナロジー)

これは、前回のコラム、”「ミシュランガイド東京」創刊時の『インサイト』:当時の広報責任者からの視点”https://x.gd/uML6Oと同様の、オリンピック・ノーベル賞・ISO、IFRSなどの国際規格などの「特定の国・文化に有利にならない、公正で客観的な基準」が該当します。


⑤ベンチマーキングをこれから開発する自商品・サービスにあてはめ、インサイトとなる「きっかけ」を生み出す便益を探る

これも前回のコラム同様、ミシュランガイドの「5つの約束」と「5つの評価基準」が該当します。

なお東京版の創刊によって、このミシュランガイドの5つの評価基準が、欧米の飲食店の評価向けに偏っているものではないのだ、ということを対外的にも社内的にも知らしめることもでき、その後の日本各地やアジアなど欧米以外の各国・各地域版の出版にもつながる伏線の一つともなったと個人的には認識しています。


⑥それを実現させるような商品の開発:上記の「便益」を、下記の形で具体化

これは、「ミシュランガイド100年超の歴史始まって以来の、アジア初のミシュランガイドの企画・出版」が相当します。
またその際、欧米と同様に、日本の出版社に頼らずに、ミシュランが独自の判断で編集・出版ができる体制を作った、ということも挙げられます(この話もまたいずれ)。


⑦『インサイト』のある商品の実現(下中央)

これがまさに「ミシュランガイド東京」の創刊です。

その記者会見において、(前回のコラムにも記しましたが)ミシュランガイド総責任者のジャン・リュック・ナレ氏が
「東京は最高のレストランを擁する世界的都市になりつつある。世界で最も多くの星を得た都市だ」と語ったことや、
それまでの欧米のミシュランガイドではあり得なかった、「ガイドブックに掲載されている全ての飲食店が星付き」という形態での出版、ということもこれをより強調するものとなりました。
実は全世界のミシュランガイドに掲載されている飲食店のうち、星付きは2割程度にとどまり、それ以外の8割が「ビブグルマン」や今で言う「セレクテッドレストラン」なのです。
※当時私は、メディアの方々等にはこのことを以下のように説明していました:
「東京はミシュランガイドの視点からでも素晴らしい飲食店があまりにも多いため、それだけで一冊のガイドブックができてしまったんです!」

この記者会見で、ナレ氏が『ミシュランガイド東京』の創刊号に掲載された全ての飲食店に星が付いた理由について、「他とは比較できないほど高品質の素材と、調理技術の高さ、そして代々受け継がれている遺産と料理の伝統があること。さらに受け継がれた伝統は、料理人たちの優れた技術で常に発展し続けている点だ」と説明した(注5)のも、その点をさらに対外的に強調することとなりました。



最後に

当時広報の責任者だった私も、「東京の飲食店に世界一の星の数がついた」ということは記者会見の直前まで知りませんでした(「最高機密情報」の扱いのため、世界各国で現在でも同じです)。
なので、この情報を最初に聞いた時には、
「ミシュランガイドは、本国フランスの首都、パリよりもアジアの東京を高く評価することができる、ホントにとても公正なガイドブックなんだ!」
と驚いたのが正直な気持ちでした。

なおこの東京版が創刊された後、掲載された飲食店には海外からの予約も殺到し、またこの2年後に『ミシュランガイド京都・大阪』も創刊、その後様々なミシュランガイド地方特別版も出版され、それに伴って海外から日本各地の飲食店を訪れる方々がとても増えていきました。

ちょっと僭越ですが、個人的には、このミシュランガイドによる日本各地の料理店の高評価と、それをきっかけとして日本の食に対する評価が世界に幅広く知られたことは、その後2013年12月に「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されたということのきっかけの一つともなったのではないかと思っています。
2023年3月に閣議決定された『ガストロノミーツーリズムの推進』(注6)も、この流れに沿っているのでは、とも。

なお、上記『ミシュランガイド京都・大阪』の創刊に際しても色々な話がありましたので、この時の『インサイト』は次回のコラムで書いてみたいと思っています!


(注1)Data: Restaurants (World Cities Culture Forum、2020) https://worldcitiescultureforum.com/data-2022/?data-screen=restaurants

(注2)「日本料理は世界最高、西洋で韓国料理と言えば…」(中央日報、2009.2) https://japanese.joins.com/JArticle/110951

(注3)「この国のかたち 二」(司馬遼太郎、文春文庫)https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167105617

(注4)「ミシュランガイド101:基礎知識」(ミシュラン) 内の「ミシュランの星とは?」 https://guide.michelin.com/jp/ja/article/features/the-michelin-guide-101

(注5)「ミシュランガイド東京版が初登場、史上最高計191星の快挙」(AFP BBニュース、2007.11) https://www.afpbb.com/articles/-/2314463

(注6)「ガストロノミーツーリズムを推進」(国土交通省観光庁、2026.4更新) https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/inbound_kaifuku/shohikakudai/shokuzai/gastronomy.html

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