「ミシュランガイド東京」発刊時の『インサイト』:当時の広報責任者からの視点

はじめに

2007年に創刊して以来、今年で20周年を迎える「ミシュランガイド東京」。

時事通信「今日は何の日」より
https://www.jiji.com/jc/daily?d=1122

サイトのプロフィール(https://kirikuchi.co.jp/profile/)にも記していますが、当時私はアジア初のミシュランガイド創刊に向けて、広報担当の執行役員として2007年3月に六本木ヒルズで行ったプレス向けの出版発表のイベントや、同年11月に東京国際フォーラムで行った記者会見・出版記念パーティー、および関連する各種広報活動の戦略企画の策定・実施、そして日本の書籍業界において「出版社ではない単なるタイヤメーカーが独自に書籍を出版する」ための方策などを行っていました。
(その後、ミシュランガイド・ノースアメリカに異動するまでの5年間、各年の「ミシュランガイド東京」の発刊イベントや、2009年の「ミシュランガイド京都・大阪」創刊とその広報活動・イベントの戦略企画・実施も行っていましたが、これはまた別のコラムにてそのうち…)

おかげさまで多くの消費者・関係者・メディアの方々にも注目を頂き、テレビでの露出は合計で9時間半を超え、初日の売上9万部、4日間で12万部完売(注1)という結果を得ることができました。(初日に9万部を販売したことやテレビ露出が9時間半超、というのは確か世界のミシュランガイド史上での最高記録だったように記憶しています)

朝日新聞ツギノジダイ「11月22日は何の日」より
https://smbiz.asahi.com/article/14607982


20周年を迎える今でも、ありがたいことにテレビやネットなどで引き続き頻繁に取り上げられ、レストラン・料理店のひとつのスタンダードとしてポジティブなイメージで語って頂けるような存在になっていますが、実は創刊発表の2007年3月から発売の11月までは

  • 「名前はどこかで聞いたことがあるけどよく知らない」
  • 「フランス料理店だけを紹介するんでしょ?」
  • 「どうせ普通の人は行けないような高級店ばかり載っているのだろう」
  • 「フランスのレストランガイドブック(&調査員)に和食の味が分かるの?」

のような、「私には関係ないし…」という逆風も吹いていました。


この状況をどのように変えようとしたのか、を、前回のコラム、【『インサイト』を「役割」から発想する】(https://x.gd/JldLfでご紹介した「インサイトボックス」を用いて説明しようと思います。


①『創刊前の行動・意識』と『理想の行動・意識』
(左右上)

上記で説明したような創刊前の環境から、その時点での左上のボックス『現在の行動・意識』は
「ミシュランガイド東京は買わない・必要ない」
で、目標とする右上のボックス『理想の行動・意識』は
「ミシュランガイド東京を買いたい・読んでみたい」
となります。


②『現在の行動・意識』の背景にある『現在の認識』と『潜在ニーズ』(左下)

「ミシュランガイド東京は買わない・必要ない」という意識の背景にある認識(左下のボックス)は、上記の
「自分には関係のない本だから:よく知らないし、フランス料理店や高額なレストランだけじゃないの?フランスのガイドブック・調査員に和食のことが分かるの?」
になり、一方で色々な方から話を聞いていると
「そうは言いながらも、世界的に有名なガイドブックが東京の食・レストランをどう評価するか、にはちょっとだけ興味がある」
という声も聞こえてきたので、それを『潜在ニーズ』とします。


現在の認識』をこう変えたい、という『理想の認識』(右下)

「ミシュランガイド東京を買いたい・読んでみたい」という行動・意識につながるような右下のボックス『(企業側にとっての)理想的な認識』は、左下の『現状の認識』を
「ミシュランガイドは、世界中のどんな地域のどんな料理も公正に評価できる手法を基準にしているんだ!」
というものに変えることができれば実現するのでは、と考えました。


現在の認識』を『理想の認識』に変えた、他のカテゴリーで似たケースを探す(ベンチマーキング・アナロジー)

上記の『現在の認識』と『理想の認識』を、
「自国以外で考案された評価・スタンダードは日本には合わない」と
「この評価・スタンダードは日本にも通用し、それで世界と比較することができる」
というように捉え、他のカテゴリーでそのような認識の変化を起こした例を考えてみると

  • オリンピック
  • ノーベル賞(特に文学賞)
  • ISO、IFRSなどの国際規格

のように、「特定の国・文化に有利にならない、公正で客観的な基準」であり、「それにより評価された側も世界中から大きな利益を得られる」というようなものであることが分かります。


⑤ベンチマーキングをこれから開発する自商品・サービスにあてはめ、インサイトとなる「きっかけ」を生み出す便益を探る

実は、1900年に最初のフランス版が発行されて以来、以下5つの約束を基にしています(注2):

  1. 匿名調査(一般の方と同じサービスを受け、クオリティを評価するため。ミシュランガイド東京の創刊にあたっては、日本人の調査員も起用)
  2. 独立性(掲載する飲食店等の選択はミシュランが独自に行い、編集の最終段階で調査員たち(ミシュランの社員)が合議制で決定、ガイドへの掲載はすべて無料)
  3. 厳選されたセレクション
  4. 年次更新
  5. 同一の5つの評価基準

また、料理の評価に用いる上記の「5つの評価基準」(注3)は以下の通りです:

  1. 素材の質
  2. 料理技術の高さ
  3. 味付けの完成度
  4. 独創性
  5. 常に安定した料理全体の一貫性

ベンチマーキングにしたオリンピックやノーベル賞・国際基準などと同様の、上記の「料理のカテゴリーを超えて共通で公正に判断するための約束や評価基準を持っている、100年以上の歴史を持つガイドブック」により、
「今回の東京版の創刊は、その視点から日本(東京)の食のシーンを見てみたものであり、それは世界に対する日本(東京)の食のレベルをアピールし誇ることできるものなのだ」
ということがしっかりと伝われば、認識の変化は起きるのではないか、という仮説に至りました。

※参考までに、星が意味するものは以下となり(注3)、「楽しく安全に、持続可能な形で移動する」ことを旨とする、タイヤも含めたミシュラングループ全体の考え方にも沿っていることがご理解いただけるかと思います:

  • 3つ星:そのために旅行する価値のある卓越した料理
  • 2つ星:遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理
  • 1つ星:近くに訪れたら行く価値のある優れた料理


⑥それを実現させるような商品の開発:上記の「便益」を、下記の形で具体化

11月19日の出版記念パーティーと、それに先立つ記者会見で、ミシュランガイド東京2008は
「掲載された星付きの料理店・レストランの数が150軒と当時のパリの64軒の倍以上」で、
「星の総数も東京191に対してパリ97」
と本家フランスの首都のパリを大きく引き離して世界一となったことを、当時の世界のミシュランガイドの総責任者ジャン・リュック・ナレ氏により「東京は世界で最も多くの星が輝く美食の街」として伝えました(注4)。
これに対し、日本だけでなく欧米メディアも驚きを持って報道するなどの反応があったこともあり、文頭でお伝えした「テレビの露出時間合計が9時間半超」、等のメディア露出にもつながりました。
またその際、上記の「評価基準」の話や「なぜタイヤの会社がレストランガイドを出しているのか」といった情報を提供することで、メディアを通じて一般の方々にもより深く理解をしてもらうことが出来ました。

料理王国「平成食の記憶VOL5〜平成19年 ミシュランガイド東京、
発売」(2020.9)より https://cuisine-kingdom.com/heisei-food-4/


⑦『インサイト』のある商品の実現(下中央)

インサイトボックスの形にすると、以下のようになります(世界一の話も右下の『理想の認識』に加えました):


以上、当時の責任者の視点からの「ミシュランガイド東京のインサイト」でした。

次回は、この話を逆から見た
「ミシュランガイドの視点から見た『東京(日本)の食のインサイト』」として、なぜ東京には世界一の星が輝いたのか、ということ(単に飲食店の数が多いだけではありません)を書いてみようと思っています。

(注1)「ミシュランガイド東京2008」初版12万部が完売、12月13日に第2版(AFP BBニュース、2007.11) https://www.afpbb.com/articles/-/2317867
(注2)セレクションについて(日本ミシュランタイヤ) https://www.michelin.co.jp/michelin-guide/selection
(注3)新三つ星 1 軒、新二つ星 3 軒、新一つ星 14 軒「ミシュランガイド東京 2026」セレクション発表(日本ミシュランタイヤ、2025.9) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000059.000117133.html
(注4)ミシュランガイド東京版が初登場、史上最高計191星の快挙(AFP BBニュース、2007.11) https://www.afpbb.com/articles/-/2314463

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